ノギーです。

「奇跡の教室」という題名から何やら素行の悪い少年・少女たちを見事に更生させた話かなと想像した方、残念ながら外れです。

「奇跡の教室」で取り上げられているエチ先生こと橋本武先生は、泣く子も黙る灘高校の国語の教師だった方です。

 

そう聞くと「ほほう~、つまり東大やら京大やらに合格するための授業をしていたんだな。国語ってなかなか点数をあげるのが難しい教科ですものね。」

なんて早合点した方。それも外れです。

エチ先生こと橋本武先生の授業は、いわゆる受験勉強と対極にあるのではないかと思われるような授業です。

スーパー進学校ではなかった灘

私たちの世代で灘といえば、天才児の集まる学校というイメージですが戦前・戦後の頃は決してそんなことはなかったようです。

事実エチ先生が赴任したころの灘高校は、決して突出した進学校ではなく、東大合格者もいなかったくらいのようです。

ただし、灘は早くから中高一貫教育を敷いていて、しかも教師は6年間持ち上がりというシステムをとっています。

エチ先生の授業

エチ先生の授業は、受験対策といった趣の授業では決してありません。

むしろその対極にあるような授業です。

「銀の匙」という文庫本を中学時代の3年間をかけて読み込むというものなのです。

3年間をかけてそれほど分厚いともいえない文庫本を読む授業ってどんな授業?と非常に興味をそそりませんか?

エチ先生の授業は、一言でいうと脇道に逸れる授業なんです。

この本の中でたとえとして挙げられているのが、凧上げの話。「銀の匙」の主人公が凧上げをする場面があるのですが、子どもたちは実際に凧上げをしたことがない。

そこで、エチ先生は美術の先生にもお願いして、子どもたち自身で凧を作り上げるという授業を行います。

あるいは、物語にネズミを買ってくる場面があると鼠算でネズミがいかに増えるかを計算してみたり。

とにかく少し授業の様子を本を通して触れるだけでも楽しそうなんですね。

それでも東大進学日本一

エチ先生の授業は受験とは全く関係の授業のように見えますがそれでも東大進学日本一の座を獲得したということが記載されています。

特にエチ先生の受け持った学年は、日本一をとることが多かったと。

読み進めていくと、著者は、どうしても東大の進学状況をことさらエチ先生の手柄のように、あるいは重要な指標のように織り込んでくるんですが、ただ、重要なのは東大や京大への進学状況ではないんだと思うんです。

そこになんとくの違和感を抱きながら読み進めていったんですが、最終章でエチ先生が次のようなことをおっしゃるんです。

「結果が出なければやめる」と始めた「銀の匙」の授業について、日本一の進学校になったことが結果ではないことを。

子供たちが、大人になっても前を向いて人生を歩んでいることが結果だと。

この本では、上で取り上げた授業風景だけでなく、卒業生たちの回想や斎藤孝教授によるエチ先生の授業の解析など奇跡の授業の魅力を多く伝えてくれています。

「学ぶ」ということについて深く考えさせられた一冊です。

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