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もし、我が子が堀江貴文だったら・・・

時々考えることがあります。我が子が堀江貴文だったと・・・

私よりも年上の彼が私の子供でありえるはずはないのですが、我が子が堀江貴文だったら、いや堀江貴文のように生きたら私はどんな心持ちがするのだろうかと、つい考えてしまうのです。

そのように考えてしまうのは、私が有する彼に対するイメージに起因しているのだと思います。

私が堀江貴文に抱くイメージ

頭が良い

彼は東大に入学している(卒業はしていないが)

新しいことにチャレンジしている

新たなビジネスを立ち上げある意味一時代を築いた

拝金主義者

何かと叩かれている

そんなところでしょうか。

なんだかんだいっても、彼は好きなことを世間の評価なんか気にせずに一生懸命している(ように見える)のだけれども、どうも他者を傷つけたりしているような気がするんですよね。

恐らく新たなことにチャレンジする(ライブドアが趨勢を誇ったときは、彼を評して現代の織田信長なんて評していたマスコミもあったかと思います)イノベーターとしての気質に惹かれる一方、快楽主義的な側面に反感を抱いているのかもしれません。

 

「君はどこにでも行ける」はどうだったか

 

前置きが長くなりました。

著作は一言でいうとまあまあ面白いというところです。

アジア諸国を旅した感想が割と大きなウエイトを占めているんですが、そこから導き出される彼の感想は日本はすでにアジアの羨望の国ではないといったことです。

移民政策がどうのこうのといっていても、そもそも日本は他国から移民先として魅力的には映らない国だと結論付けます。

私は残念ながら彼ほどアジアの国々を訪れていませんので、彼の見たアジア諸国がどういったものなのかは分かりません。

が、彼の著作だけを真に受けてアジアの情勢を判断するのは極めて危険なのかと思います。

なんとなく結論が、突き抜けすぎているんですよね。

ただ、大きな時代の流れを読んで、そこに賭けるというのはまさに彼のような人物の真骨頂でしょう。

アジアの台頭と日本の相対的な没落(それ自体は悪いこととして捉えらえていない)は大きなトレンドとしてはその通りなのでしょうし、そこから導き出したものが、一部示されている新たなビジネスは、なるほどなあ、さすがだなあと多くありました。

 

ただ、この本の伝えたいことは彼が旅行記や日本とアジアの今後なのではなく、私たちはどこにでも行けるし、またそうすべきなのだというメッセージです。

堀江貴文氏は言います。

家庭も物も持たなくなったノマド的生活は、かつて人類が狩猟を生活の糧にして過ごしてきた時のライフスタイルに酷似していると。

何も持たないからこそ、どこにでも行けるのだと。

他者の評価を気にするではなく、自分のしたいことをすればいいじゃんという軽いノリで伝えてくるのですが、それは、ある意味アドラー心理学のようでさえあります。

もし、こどもが堀江貴文氏のようだったら・・・

嬉しいか悲しいかは正直分かりませんが、それはそれとして受け入れるでしょうね。

きっと屁理屈ばかりいうのでしょうし(あ!!我が長男もいつも屁理屈ばかりだわ)、親のことなんてちっとも顧みないかもしれません。

ただ、この本から感じた堀江貴文氏は、とても自由で生き生きとしているような感じがしました。幸せそうでした。

親としては子供が好きなことをしてそして幸せそうだったら、それは嬉しいことに違いありません。

我が子であれば、彼に伝えたいこと。

「色々な国に行くのはいいけれど怪我や病気には気を付けて。宇宙にだって行けると頑張っているみたいだけど、刑務所にはもう行かないでね。」

今回読んだ「君はどこにでも行ける」は、Amazon Audible(アマゾンオーディブル)で聴きました。

多分、書籍だったら購入しませんでしたが、月額1500円を払えば無料なので聴いてみました。

最初と最後に堀江貴文氏自らの声でメッセージが流れます。そんなところは、オーディブルならではですね。

アマゾンオーディブルに入るには、Amazonプライムに入会してから入るとお得です!!

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