将棋やチェスでは、プロをも負かしてしまうコンピューター。

銀行業務の多くをコンピューターが代替することによって、多くの人員整理が行われる報道が昨今なされていました。

もはやAIの知能はそこまで来たかと門外漢はただただ感嘆し、AIに私たちは支配されてしまうんじゃないかと得体のしれない恐怖を抱いていてしまいます。

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ロボットは東大に入れるかを読んでの感想

さて、そんな折「ロボットは東大に入れるか」という何やら刺激的な書籍を発見しました。「入れるか」と疑問表現をするというからには「入れない」という意味を含んでいるのでしょうが、それは何もロボットだから受験資格がないとかそういうことではないのです。

天才棋士などを打ち負かすロボットは、単純に東大生が解ける問題を解けないということなのです。

ただし、これは天才棋士<ロボット<東大生ということでは、もちろんありません。

ロボットには得意な領域と苦手な領域があり、私たちが当たり前と思っていることを認識できないということが多々あるせいだからだそうです。

それもそのはずロボットすなわち人口知能はすべてを0か1で判断しているので、例えばWEBなどでよく目にするロボットでないことを証明するためにイラストの文字を入力することっていうのは、人工知能は極めて苦手なんですね。

ドラえもんができたら私たちをどんな仕事をするのか?

著者であり、「ロボットは東大に入れるか」の研究プロジェクトのリーダーである新井紀子さんは、2010年に「コンピューターが仕事を奪う」という本を発表されていますが、この問題意識の定義はアメリカのマサチューセッツ工科大学や他の大学がその認識を発表するよりも以前に発表されています。

この著作があまりにも誰からも相手にされなかったことが、このロボットが東大に入れるかという研究をしようと思ったきっかけの一つだったと新井氏は述べていますが、彼女の問題意識の鋭さは、このことからもうかがい知れます。

本の中で、ドラえもんがいた場合、私たちはどんな仕事をするのかという投げかけがありますが、それはとりもなおさずロボットにできない仕事、私たちが人間だからこそできる仕事・役割は何なんだろうかという問いかけでもあります。

アマゾンの例

私も大好きなAmazonですが、その労働環境等については、しばしば問題になるところです。

この著作では、その本質的な問題についても記述があります。

ロボットを導入するよりもコストがかからないところ、アマゾンで言えば倉庫の作業は人間が行い人がすることでコストがかかる知的な仕事、例えば営業などの多くをロボットが行っているというくだりは読んでて納得です。

先ほどふれた銀行の人員整理もそうですが、アメリカではすでにトレーダーの多くが人口知能に代替されていて、高給取りたちが職を失っている現実もあるそうです。

その時未来の大人たちは

新井氏の興味は、ロボットが東大に入れるほど素晴らしいものかどうかということでは決してないです。

むしろその危機感は冒頭で触れられているように「電話」や「新幹線」などと違い、研究者たちでさえも自分たちの研究の果たす役割がどのような位置にいるのかわからないという現状があるのだということです。

とはいえ私たちの生活の陰に日向に人工知能は入り込んできています。

新井氏は、そんな中で私たちが本当に身に付けなければいけないものとは何なのかという問題を提起してくれています。

まとめ

正直人工知能とかチンプンカンプンなおばさんの私ですが、それでもこの本はとても読みやすかったです。

そして何より新井紀子さんの真摯な未来に向けた眼差しが素敵だなと思いました。

ところで、この本のシリーズがよりみちパン!セというものらしいのですが、このシリーズ学校では教えてくれないことのシリーズになっていて結構面白そうなんですが、残念ながらこの「ロボットは東大に入れるか」が最後になっているそうです。残念・・・。

それと巻末に谷川俊太郎さんからの質問に著者が答えるというコーナーがあるんですが、これがよりみちパン!セシリーズの決まりなのか何なのか気になってしまっています。

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